GEKKAN-WIEN ウィーン日誌

   平成元年創刊 現地オリジナル取材と編集でウィーンを伝える      現地情報紙「月刊ウィーン GEKKAN-WIEN 」の編集長が綴る

Michael Canoy - Karate Union Wien

 ミヒャエル・カノイさん(日本空手協会 JKA 6段)は1972年にウィーン6区で空手道場を開き、現在も現役で教えている。アムステルダムで生まれ、スペインで育ち、ウィーンで松濤館空手に出会い、東京で修業し、ウィーンで42年間、空手の教師をしてきた《空手一筋の人》カノイさんを月刊ウィーン11月号で紹介する。

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Toshikazu Hosoda 慈善演奏会2百回

 1988年に仕事で初めてウィーンに来てから毎年のようにウィーンを訪れている細田敏和さん。東京でコンサートプレゼンターをつとめる「千代田チャリティーコンサート」が今年2月のコンサートで200回目を迎えた。細田さんが会長をしている会社の本社ビル1階エントランスホールが吹き抜けで音響効果が良く、ここで22年前からチャリティーコンサートが続けられて来た。ホールは百人まで入場でき、コンサートは無料だが寄付を募り、その全額が恵まれない子供たちのための施設などに寄付されてきた。
 細田さんが日本で大学生だった時の恩師と、月刊ウィーン編集長・福田(ウィーン日誌筆者)がウィーン大学の学生だった時の恩師が同一人物で、既に故人となったこの共通の恩師との思い出も交えて、のちほど月刊ウィーン誌上で報告する予定である。

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Goran Jovanovic 日本人師範の弟子

オーストリアのフォアアールベルク州で生まれ、国際松涛館空手連盟 S.K.I.F. オーストリア共和国主任指導員の故・川副紀夫 Norio Kawazoe 師範の指導を受け、1990年、16歳で初段をとったゴラン・ヨヴァノヴィッチ Goran Jovanovic さん。空手少年だった彼も現在はウィーン市内でピッツェリア店「ラ・ストラーダ La Strada」を経営する実業家だ。
Pizzeria "La Strada" Reinprechtsdorfer Strasse 16, 1050 Wien 火曜から日曜11時~23時

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Ari Rath アリ・ラート

イスラエルの著名なジャーナリストで1925年ウィーン生まれのアリ・ラートがウィーンでの思い出、ウィーン脱出のこと、イスラエルでのジャーナリスト活動について語った。1957年からアリ・ラートはイスラエルの英字新聞「イスラエル・ポスト」の編集者となり、1975年に編集長に、また1979年に「イェルサレム・ポスト」の発行者となった。シモン・ペレス、ラビン、ベン・グリオンと親交があった。

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シュミット幸子さん

 生花を通して日本文化を紹介してきたシュミット幸子 Sachiko Schmid さんが、日本の外務大臣から表彰を受けた。その授与式が在オーストリア日本大使公邸で行なわれ、オーストリア人のお弟子さんや友人多数がお祝いに駆けつけた。
 シュミットさんの生花作品は5月29日付の報告を参照されたし。

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ロビ・ダメリン

 イスラエルの女性ロビ・ダメリン Robi Damelin は、テロで肉親を失ったパレスチナとイスラエルの遺族たちが一緒に運営する会「ペアレンツ・サークル - ファミリーズ・フォーラム Parents Circle - Families Forum」の代表である。ロビの息子デーヴィッドは2002年、占領地でイスラエル軍の予備兵として任務についていた時、チェックポイントでパレスチナの狙撃兵に撃たれて死亡した。ロビの息子は哲学の教師を目指す学生で、平和運動の活動家でもあった。息子の死後、ロビはこの遺族会に加わった。そこではイスラエルとパレスチナの約500家族が、和解のために、また争いの解決を見出すためにグループ活動を共に行なっている。
 ロビは明日、3月15日18時から、クンストハレ・プロジェクトスペース・カールスプラッツ Kunsthalle Wien project space Karlsplatz (Treitlstraße 2, 1010 Wien)で開催のイヴェント≪SAVE イスラエル―パレスチナ≫に参加、ロビも出演しているドキュメンタリー映画「Encounter Point 」上映後、パレスチナの男性マゼン・ファライと対談する。

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松川孝子さんのアトリエ

 オーストリア芸術家協会の会員でウィーン在住のアーチスト松川孝子 Takako Matsukawa さんのアトリエにうかがった。月刊ウィーンでは今年ウィーンで展覧会を開く日本人女性アーチストを紹介することになり、最初の取材先が、ウィーン在住34年の松川さんとなった。詳しくは月刊ウィーン紙上で。

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チェコ外相:シュヴァルツェンベルクさん

 今ウィーンでも国際ニュースは連日2つの≪Ga≫=Gas とGazaが主流だ。今年前半のEU議長国を務めるチェコの外務大臣シュヴァルツェンベルクさんはこの緊迫情勢の中で多忙を極めている。名門貴族の血を引いて1937年にプラハで生まれ、1948年にオーストリアに移住してウィーンのシュヴァルツェンベルク宮殿に住んだ。宮殿は以前「パレー・シュヴァルツェンベルク」という名の高級ホテルだった。敷地の一角にホテルオーナーつまり城主の館があって、カール・シュヴァルツェンベルクさん一家が暮らしていた。1989年にチェコに帰り、1990年には新生チェコのバツラフ・ハーヴェル大統領の経済顧問になった。2007年から外務大臣となり、昨年7月には、チェコに米国のレーダーを配置する「ミサイル防衛協定」にライス長官と共に署名する姿が広く報道された。先月19日、ウィーン王宮で催された国際会議「ヨーロッパとアラブ世界」の記者会見で、筆者は20年ぶりにご本人を目の前で見たが、名前はカレル・シュヴァルツェンベルクに変っていた。フルネームは Karl Johannes Nepomuk Josef Norbert Friedrich Antonius Wratislaw Mena von Schwarzenberg である。

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指揮者:バレンボイムさん

 今年の楽友協会でのウィーンフィル・ニューイヤーコンサートで指揮者ダニエル・バレンボイム Daniel Barenboim さんは「世界平和と中東における正義の実現を望む」と全世界に向けて(ヨーロッパ39カ国、アメリカ17カ国、アジアとオーストラリア9カ国、アフリカと中東6カ国に生中継された)新年のメッセージを送った。大晦日にウィーフィルを介して月刊ウィーンにも「ガザと新年 Gaza and the New Year」と題するバレンボイムさんのコメントが送られてきた。ドイツやスペインの大手の新聞はこれを全文翻訳して紹介している。写真は先月29日の記者会見でのバレンボイムさん。コメントの英文オリジナルは写真をクリックすると大きくなって見やすい。
 バレンボイムさんは1942年アルゼンチンに生まれ、両親と共に1952年にイスラエルに移住。5歳からピアノを習い、ブエノスアイレスにて7歳でコンサートデビュー。11歳の時にザルツブルクで指揮科を受講。1954年にフルトヴェングラーと知り合い、彼の前でも演奏している。翌年から2年間パリで作曲を学ぶ。ピアノのソリストとしての国際デビューは10歳でウィーンとローマ、その後パリ(1955年)、ロンドン(1956年)、ニューヨーク(1957年)と続く。指揮者としてはロンドンでフィルハーモニア・オーケストラを率いてデビュー(1967年)。オペラ指揮は1973年のエディンバラ・フェスティヴァルでモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」でデビュー。1981年から1999年までの18年間、バイロイトで指揮した。1991年から2006年までシカゴ交響楽団の首席指揮者で、2006年には生涯名誉指揮者に選ばれた。1992年からベルリンのシュターツオーパー・ウンター・デン・リンデンの音楽総監督。2000年秋にはシュターツカペレ・ベルリンの生涯首席指揮者に選ばれた。
 1999年にバレンボイムさんはパレスチナの文学者エドワード・サイード氏と共に、音楽を一緒に演奏するという経験によって中東の異なる文化間の対話を実現したいと、ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ West-Eastern Divan Orchestra を立ち上げた。この楽団はイスラエルとパレスチナとアラブ諸国の若手音楽家で構成され、シュターツカペレ・ベルリンのメンバーもこのプロジェクトに教師として参加している。オーケストラは2005年、パレスチナのラマラで初の演奏会を行なった。バレンボイムさんは更に、パレスチナでの音楽幼稚園の開設とパレスチナ・ヤングオーケストラの結成というパレスチナにおける音楽教育プロジェクトを主導している。
 ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラはバレンボイムさんの指揮のもと、1月17日ウィーン楽友協会で、ベートーヴェン「レオノーレ序曲第三番op.72a」、シェーンベルク「オーケストラのためのヴァリエーションop.31」、ブラームス「交響曲第四番ホ短調op.98」を演奏する。

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